【セミナー】「“面白そう”が大事」…大ヒットゲームアプリ『TIME LOCKER』、個人デベロッパーotsuka氏が語るヒットの要因と失敗談

2017年1月25日、東京・渋谷にてユニティ・テクノロジーズ・ジャパン開催の勉強会「Unity Adsミートアップ #08」が開催された。

「グローバルで活躍するデベロッパーに聞く アプリ開発で大事にしていること」をテーマに、さまざまな国で好評を博すタイトルを生み出したクリエイターが登壇した。

【前編】
「Unity Adsミートアップ」取材 動画広告や海外展開など気になるゲームアプリ市場の動向を赤裸々に語る…開発会社が次に目指すのは

 

■大ヒットゲームアプリ! …と思えば、それでも出てくる失敗談とは



このセッションでは、『TIME LOCKER - Shooter』を開発したsotaro otsuka氏が登壇した。

『TIME LOCKER - Shooter』は、プレイヤーが操作するキャラクターが動くと時間が進み、止まれば時間も止まるという一風変わったシューティングゲームだ。敵や障害物の動きを考えながら慎重にすり抜けるという面白さがあり、初心者からコアなゲームファンまで楽しめるものとなっている。

同作はAppleが選ぶ2016年を代表するアプリ“Best of 2016”に選出、7カ国でフィーチャーされ、iOS版、Andoroid版合計で累計80万ダウンロードを達成した。個人開発のゲームとしては大成功とも思えるが、意外にもotsuka氏は「『TIME LOCKER』の失敗談」をテーマに発表を行った。
 


 

『TIME LOCKER - Shooter』は当初から、海外向けのカジュアルゲームとして開発された。どの国の人にとっても「説明不要、直感的にわかる」ゲームとするため、文字情報が少ないデザインとなっている。また、文字情報が少ないほど、ローカライズは容易になるというメリットもある。国内では作り込まれたRPGが人気を博しているが、otsuka氏は「ストーリーをかっちり作りすぎると文化の壁にぶち当たる」と、海外展開ならではのリスクを指摘した。
 

文字情報は全て英語が使われているが、この点が“失敗談”のひとつだという。というのは、ストア情報も英語で表記したところ、英語圏でないユーザーにはゲームの内容を伝えることができなかったためだ。表記言語を統一するのではなく、各国の言語に早期対応していれば、より多くのユーザーやプラットフォームに選ばれていたのではと、同氏は反省点を述べた。

海外展開を想定した作品だが、ダウンロード数の1/3は日本が占めている。当初のコンセプトとは異なる結果となったが、otsuka氏はその原因をゲーム性、身近さ、感情表現の3つの要素から分析を行った。

一般的に、ゲームは同時に2つ以上のことをさせると面白くなると言われている。『TIME LOCKER - Shooter』も、この通説に則り、「障害物を避ける」「敵を撃つ」「背後に迫る暗闇から逃げる」という3つの行動を同時に要求する構造だ。

しかし、欧米でヒットしたカジュアルゲームは、同時に行う要素が2つ以下という共通点があるという。例として、otsuka氏は『クロッシーロード』『Steppy pants』『フラッピーバード』を挙げ、それぞれ「車を避けて、前に進む」(2動作)、「歩道の溝を避けて、前に進む」(2動作)、「土管を避ける」(1動作)と、極めてシンプルな構造であることを示した。

このような作品と比べ、『TIME LOCKER - Shooter』はプレイヤーに要求する動作が多い。この点が海外のカジュアルユーザーには馴染まず、ダウンロード数が伸び悩む結果となってしまったのでは、と同氏は考察した。
 

▲『クロッシーロード』「車を避けて、前に進む」(2動作)


▲『Steppy pants』「歩道の溝を避けて、前に進む」(2動作)



▲『Flappy Bird』「土管を避ける」(1動作)

単純なゲーム性が好まれる背景には、海外のカジュアルゲームは「ほんの10分間の暇つぶし」のために利用され、遊び終わればアンインストールされてしまうという、日本とは異なるユーザーの振る舞いがある。国内向けゲームでは定番の成長要素も、海外では「やりこまないと楽しめないゲーム」として目に映ってしまうこともある。otsuka氏は、成長要素は継続率の維持に有効としつつも、海外展開においては「抑えた方がいいこともある」と言い、ゲーム性のバランスの難しさを語った。

ゲームファンとカジュアルユーザーでは、ゲームに求める楽しさに大きな違いがある。ゲームファンは、魔法を使ったり、巨大な敵を倒したり、「現実では体験できないこと」をゲームに求める傾向がある。一方、カジュアル層は身近さを重要視する。

otsuka氏は「誰でも体験していることだけど、その中にあるちょっとした緊張感こそがカジュアルゲームの核となっている」と説明した。前段で例に挙がった『クロッシーロード』『Steppy pants』は、まさに身近な街角がモチーフとなっている。しかし、『TIME LOCKER - Shooter』では動物やトラックなどが登場するものの、カジュアルユーザーの共感を引き起こすほどの身近さはなく、otsuka氏は、この点もまた“失敗談”であるとした。

講演では様々な反省点が挙げられたが、『TIME LOCKER - Shooter』で大きく欠けていたのが「感情表現」だ。otsuka氏はディズニーやピクサーの映画作品を例に挙げ、海外では「顔がグニョングニョンになるような、オーバーな感情表現が好かれる」と指摘した。対して、『TIME LOCKER - Shooter』のキャラクターには表情がなく、無感情だ。
 

この点は欧米で“Cool”と形容されたものの、前段で挙げた3作品からもわかるように、「欧米で本当に受けるのは“Funky”や“Catchy”な表現」であるといい、「失敗した時のキャラクターの潰れ方、良いスコアを獲れたときの喜び方」といった要所に感情表現を反映していくことの重要性を強調した。

 

■しかし失敗談はあるものの…ヒットした要因はどこにあるのか


カジュアルゲームに限らず、最近のゲームアプリには大抵、SNSのシェアボタンが設置されている。しかし、設置しただけでは、バイラル効果を得ることは難しい。otsuka氏は「シェアしたい、誰かと共有したいと思わせること」が重要だと話した。

共有の動機となるのは、笑い・恐怖・美しさといった原始的な感情に訴える要素か、あるいは、何かを自慢して得ることのできる優越感だという。このような感情をプレイヤーに喚起することは、作品のゲーム性そのものに直結する重要な課題だ。その成功例として、同氏は『Tap Tap Fish - アビスリウム』という作品を挙げた。

『Tap Tap Fish - アビスリウム』は、水族館の水槽に好きな魚を配置し、美しい海の世界を再現するゲームだ。Twitterでは、水槽の様子を映した画像がハッシュタグと共に数多くシェアされている。美しい珊瑚、珍しい魚、のんびり泳ぐアザラシなど、プレイヤーが思い思いに水槽の飾り付けを楽しんでいることがわかるだろう。まさに、共有の動機を満たす構造だ。水槽内の飾り付けにはプレイヤーの個性も表れる。この点も、シェアされやすい要素だといえるかもしれない。
 

▲『Tap Tap Fish - アビスリウム』

ゲーム内のシェアボタンが押されれば、当然「シェアされた人」が存在する。otsuka氏は、共有されることと同時に、共有された人が「面白そう」だと感じることも重要だという。シェアボタンでバイラル効果を狙うならば、シェアされた人に「そのゲームをやってみたい」と思ってもらう必要があるためだ。

しかし、プレイヤーが、ゲームのどの瞬間を切り取るかは予想がつかない。したがって、「どこを切り取っても、面白そうに見える工夫が必要」だと同氏は述べた。SNSによるシェアという面では、『TIME LOCKER - Shooter』は「シェアされにくく、口コミでは全然広がらないゲームだった」と振り返り、共有の動機を満たすための構造が欠落していたことが原因だと分析した。
 

シェアされにくいはずの『TIME LOCKER - Shooter』は、なぜ80万ダウンロードに達することができたのだろうか。

ターニングポイントは、やはりAppleによる“Best of 2016”選出だという。otsuka氏は「プラットフォームに取り上げてもらうことで、死なずに済んだ」と率直に述べ、影響の大きさを語った。では、プラットフォームによるフィーチャーを受けるにはどうすればよいのか。otsuka氏の回答はシンプルで、「良いものを作ることに尽きる」という。
 

なぜなら、「良いものを作れば、アンテナを張っている誰かが取り上げてくれる」からだ。『TIME LOCKER - Shooter』も、ゲームアプリ関連のメディアに掲載され、その後、Unityによる拡散と続き、最終的にはAppleのフィーチャーを受けたという経緯がある。前述したように、面白そうに見せることは大切だが、otsuka氏は「面白そうで面白くないことは最悪」といい、クリエイターとしての本分を強く訴えた。

面白い作品を生み出すことは簡単ではない。良いものを作るには、クリエイターの力が最大限発揮されるような瞬間が必要だ。そのためには、「クリエイター自身が作りたいものを作る」ことが必要不可欠だという。数々の失敗談と反省を語ったotsuka氏は、「この点においては、唯一成功していると断言できる」と力を込めて語った。これは個人開発ならではの良さといえるだろう。
 

大手企業は莫大な開発コストを回収するために、どうしても大きな市場、堅調な市場で事業を行わざるを得ない。一方、小規模開発は、クリエイター自身が売り方や市場を選択することができる。作品自体はニッチなジャンルでも、売り方を適切に変化させれば十分な収益が見込める上、世界配信を行えば、ユーザーの母数は格段に増える。『TIME LOCKER - Shooter』は、その面白さだけでなく、小規模開発の成功例としても学ぶべきことの多いケースだといえるだろう。

最後に、otsuka氏は自らの講演を「あくまでも個人的な経験談に過ぎない」とし、異なる意見を持っている人には「その感覚こそ信じてほしい」と語った。個人開発の作品が海外展開でヒットするには、まだ知見が乏しいのが現状だ。「他人の言葉に惑わされず、自分の感覚、アイディアを信じるしかない」と、クリエイターらしい言葉で締めくくった。
 

国内のゲームアプリ市場は過当競争に陥っている。しかし、世界に目を向ければ、まだフロンティアは広がっている。今回の勉強会は、個人や小規模なチームが海外に打って出るためのノウハウが数多く発表され、非常に実践的な内容となった。次回開催も予定されているそうなので、興味のある人はぜひチェックしてほしい。

【前編】
「Unity Adsミートアップ」取材 動画広告や海外展開など気になるゲームアプリ市場の動向を赤裸々に語る…開発会社が次に目指すのは

 
(取材・文:Pick UPs! 神谷美恵<Twitter>)